どうしても命について、別れについて考えてしまいますね。
どうも、コロです。
2年ほど前、伯母さんを亡くしました。
今回はそんな大切な人とのかかわりを通じて、感じたことを記事にしています。
「大切な人との別れ」私にできることはなんだ?学んだことをいかさなくちゃ。
大切な人
この人にはずっとお世話になっていて、思い入れもある方なのです。
10年くらい前から認知症を患い、一時期は私の前の仕事場を利用することがありました。
私は恥ずかしさと、照れ隠しで、何だかやりにくいなぁと笑いながら同僚に話していました。
確かに自分の知っている人の姿としては見たくなかったのかもしれません。
あれから仕事場も変わり、会う機会は極端に減ってしまったのですが、なんだか心に残っていたんです。
認知症とともに
私はこういう仕事をしていますから
認知症というものには人より多く接しています。
悩みながら、笑いながら、怒りながら、力をもらいながら
認知症とともに仕事をしてきたといっても過言ではありません。
その中で認知症の進行・・・というものにも触れてきました。
その残酷さにも。
元気な時から亡くなるときまでの変化を見続けると、つらい思いと力及ばずの悔しさがこみあげてきます。
認知症に慣れてしまった自分がいるぞ
でもどこか、認知症というものがこの世界の当たり前になってくるようになりました。
珍しくない。
物忘れも当たり前。
どこかで私自身も慣れてしまっていたのでしょうか。
そして私が対応している相手はあくまで「利用者」だったのです。
そう、ずっと私が見るわけではない他人だったのです。
今日のお通夜で私は大事な人を目の前にして、その変化を目の前にしてどんな気持ちになるのだろうと思ったんです。
もし私自身が利用者の方の家族だったら???
思い知ったのかな…
慣れたつもりでいたし、詳しくなったつもりでいました。
でも家族の気持ちなんて、何にもわかっていなかった。
自分の思いばかりで仕事していたなとすごく身に沁みました。
せっかくデイサービスに勤めて、やれることはたくさんあるのに何を考えて仕事してきただろ。
まとめ
ちゃんと過ごせるように
ちゃんと別れられるように
できること、もっとしていきたい。
頑張ろう。